平素より名古屋大学男子ラクロス部lizardsの活動を支えてくださっているOBGや保護者の皆様、及びその他関係者の皆様にこの場を借りて心から感謝申し上げます。
25lizards主将を務めました前田賢蔵です。
そういちから回ってきました。
彼は、自炊するって言ってあんまり食堂には来ないのに、来たと思ったら縦動画をスクロールして一人で爆笑しているし、あの見た目で人と目を合わせられないし、よく風邪ひくし、変な奴です。
でも一番の特徴は足が速いことです。A1のリレー楽しみだな。
本題に入ります。
「正解がわからなかった」
自分の性格上、常に自分が正しいと思うことをやってきた。
現実を見て、こっちの方がいいだろうと考え、それを実行してきた。
これまでの人生でその正解だと思うことに迷いはあまりなかった。
主将としての時間を終えたいま、
この言葉だけが、不思議なほど静かに残っている。
振り返れば、自分の中には常に二つの視点があった。
主将としての自分と、一人のラクロス部員としての自分。
一部員としての自分は、感情よりも現実を、勢いよりも論理を優先してきた。
何が正しいか、何が勝ちにつながるか。
その一点から目を逸らさず、選択を積み重ねてきた。
それは意識して作った姿ではない。ただ、そういう人間だった。
だから正直に言えば、その延長線上で主将を務めることに、大きな恐れはなかった。
小学校からこれまで、何度も主将という立場を経験してきた。
その中で、「主将とはこういう存在だ」という感覚も、自然と身体に染みついていた。
だが、
名古屋大学の主将という立場は、これまでの延長線上では収まらなかった。
頭のどこかには別の主将像があった。
誰よりも声を張り、強い熱量で周囲を巻き込み、チームの空気そのものを押し上げていく存在。
いわゆる世間一般の理想の主将像。
主将を経験してきたからこそ、その在り方の方が、集団を動かす場面があると知っていた。
その両方を両立した存在になるのは難しい。
でも両立できるような主将は探せばいるのだろう。
しかし、自分にはキャパ的に厳しいことも理解していた。
だから、やりたくなかったし、上手くいかないと思っていた。
一年間主将を経験して感じたことは、
名古屋大学のラクロス部は、
覚悟も、価値観も、ラクロスとの向き合い方も、それぞれだった。
全員を同じ形に整えることなど、
最初から不可能だった。
求められていたのは、一つにまとめ上げることではない。
違いを抱えたままでも、同じ方向に進める状態を粘り強く保ち続けることだった。
強い主将である必要はなく、ただ逃げなければいい。
2.3年生の頃、
自分は20.21世代とともに戦った。
二年間をかけて辿り着いた場所は、東海ファイナルでの敗戦だった。
あの経験は、
「過程」や「想い」だけでは、何も救われないことを教えてくれた。
結果は、言い訳を許さずただそこに残った。
自分が主将である意味を考え直した。
二年間試合に出させてもらって、誰よりも一番近くで先輩とプレーしてきた自分だからこそ、感じてきたものが違う。
背負っている責任も、期待も誰よりも大きい。
同期が自分を選んでくれたおかげで、主将という立場でより多くの責任を背負えた。
だからこそ、結果から目を背けないと決めていた。
雰囲気で誤魔化さず、理想論に逃げず、現実を直視すること。
日本一という目標からほど遠いチームだったからこそ、その視点が大事だと思った。
それが、自分なりの主将としての覚悟だった。
何が足りないのか。
何を変えなければならないのか。
多くの場面で、現実的な意見を言い続けてきたと思う。
練習試合に勝っても、反省mtgでは、だけどこれでは、、って毎回言っていた気がする。
そうやって求め続けてきた。
主将として強くあろうとはしなかった。
ただ、一人のラクロス部員として向き合ってきた現実から、一度も目を逸らさなかった。
結果として、
全国準優勝。
日本一には届かなかった。
あれだけの応援の力を借りても勝てなかった。
悔しさは、もちろん残っている。
それでも、この結果を誇りに思えている自分がいる。
これが覚悟の甘さなのだったかなとも思う。
歴史を動かすことができ、originを体現した。
こんなにも多くの人に応援してもらえた。
決勝のフィールドから見た景色は格別だった。
目標を達成していない。
けどたくさんのものを得られた。
でもそれは全国に出場して、一つずつ結果を残しに行ったからこそだと思う。
結果を求め続けたからこそだと思う。
全国が決まってから、一回戦勝ってから、準決勝で勝ってから、心揺さぶる瞬間があったからこそ、自分たちチームも変わっていったし、多くの人が応援してくれるようになった。
もちろん、最初から応援し支えてくださった方々は多いけど、何かしらの瞬間で今年の名大は違うぞって思わせられたことが、より応援にも力を入れてくれたのだと思う。
今回こうやって、OBG・保護者を含めて、繋がりを深められたことで、多くの方から感謝の言葉をいただけた。
これが一番のoriginだったなと思う。
結果はもちろん、呼びかけや、結果を出すための活動を知ってもらうことが何より大事で、今年はそれが成功したと思う。
この面に関しては、マネトレのおかげだね。取材で自慢しときました。
5-7
この2点差にどれほどの意味があるか。
後輩には、それを考え続ける一年にしてほしいと思う。
今年は特に、最上級生の人数が少なく、たくさん経験できたはずだし、
君たちの力があって、originを体現できた。
だからこそ責任と期待を背負い続けてほしい。
応援してます。
それでは、感謝コーナーに移ります。
家族へ
誰がどう見ても親バカの両親で、恥ずかしい時は多かったけど、全力で応援してくれてうれしかったです。衛門もしれっと応援来てたし、俺のこと好きなんだなと。
長いスポーツ人生はこれで終わるけど、まだまだ脛かじって生きていくのでよろしくお願いします。
親の相手をしてくれた皆様、ありがとうございます。
そぶさん
誰よりも忙しい日々を送っているそぶさん。
熱い言葉はもちろん、その姿を見て、僕らは成長し続けることができました。
東海ファイナルで胴上げの輪に入れなかったため、日本一になって胴上げしたかったのですが、叶いませんでした。
来年はOBとして会場に乱入して胴上げします。
4年間、お世話になりました。
ザックさん
今年は特に怪我が多く見学してばっかだったので、ザックさんと話せる機会も多く、楽しかったです。
たくさん可愛がってもらいましたし、でんでんとは違い、いいアパレルをたくさんいただきました。ありがとうございます。
@ムロタク、ザックさん飲み企画して
こうきさん
1年生の時に一か月ほどAの練習に混ぜてもらえたことが、すごく学びとなりました。
今となれば、パスミスや、19ロング陣にボコボコにされた思い出しかないですが、あの早い時期にラクロスを知れたのが大きかったです。
コーチとしても、最後まで面倒を見ていただき、お世話になりました。
20.21世代の先輩方
東海finalで負けたのが悔しくて、先輩方とのラクロスを証明するために最後の1年間は頑張りました。
先輩方とやってきたラクロスのおかげで僕たち後輩は成長してきたし、今回の結果にもつながりました。
生意気世代を代表して、ありがとうございます。
22
沖縄楽しもう。
後輩
上には結果を追い求めろとは書いたけど、そのためにはラクロスを楽しむことが一番だと思います。
真面目な23世代は特に、害悪世代がいなくなったラクロスをもっと楽しんでください。
あとはてんせいと二郎行ってあげて
24は全員Aに入んないといけないと思って、自分を磨く1年にしてほしいです。
諸事情世代だったけど、だったから?でんでん同様思い入れがあります。頑張ってね
25はプラグイン仲間でした。いつもにやにやしあう関係でしたが、もう行かないです。
今のうちから視座を高くして、ラクロス頑張ってください。
最高の応援をありがとう。
Lizards以外でもラクロスを通じて、たくさんの人に出会えました。
恵まれたラクロス人生でした。
ありがとうございました。

#7 前田賢蔵

