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2026

soul #5 遠藤創一

まず初めに,日頃から名古屋大学男子ラクロス部に関わってくださっている全ての皆様に感謝申し上げます。今後も変わらぬご支援のほどよろしくお願いいたします。




ダブル副将のたすくから回ってきました。

彼とは3年生の夏休みに男二人で弾丸タイ旅行に行ったり,4年生の院試前はくそ暑い練習終わりに一緒に勉強したりとなにかと思い出がたくさんあります。

彼のソウルにあるようにタイヤの契約がありましたが、3月の沖縄旅行までに全都道府県を回れないとムロとたすくの沖縄代全奢りという契約も自らしてしまったので卒論が終わり次第出発します。

そんな彼は最近彼女に夢中すぎるという意見があがっています。マネトレが悲しんでいるので遊んであげてください。



次は我らが主将のけんぞーです。

1年生のときからぶっちぎりでうまくて、4年間、個性がありすぎる22をプレーとその人格で引っ張てくれました。

夏に院試に落ちたことで4年間過ごしてきて初めて、彼の人間らしい一面を見ることができ、部内は盛り上がっていました。





25Lizardsで副将を務めました、DFの遠藤創一です。



引退してからは翌日の筋肉痛やけがを気にすることなく、これまで以上に筋トレに励んでいます。

ハーフマラソン完走を目標にランニングもしているので、引退して体型維持が不安な22はぜひ一緒に走りましょう。


書きたいこと、伝えたいことを簡潔にまとめることができなさそうなので、長くなるかもしれませんが4年間の振り返りをして、最後に思いや考えていたことを書きたいと思います。


振り返り部分は思い出を書いているだけなので、時間があるときに読んでください。




1年生

高校まで野球一筋で10年間やってきて、大学では何か新しいスポーツをやろうということだけは決めていた。


珍しいタイプかもしれないが、大学でサークル入ろうとか、バイトしてお金貯めて旅行しようとかそういうことは全く考えていなくて、絶対体育会の部活に入ろうと決めていた。


走り方を見ればわかるように運動神経は悪いほうだけれど、部活を通して得られる目標に向かって努力して、その努力により過去の自分より成長したときや試合に勝った時の達成感、勉強やプライベートとの両立による充実した日々を過ごすことがなによりも好きだった。


色々な運動部の新歓に参加して、「学生日本一」を目標に掲げ、学内で最大級の規模の運動部であるリザーズをみて、ここだ、と思い入部した。


実は、野球部時代に小中高で同期の数が自分含めて3,3,7という野球していたとは思えないくらい同期が少人数だった1桁の呪いがあったので、リザーズで大人数の中チームスポーツができることを楽しみにしていた。


蓋を開けてみると、過去最高レベルに同期が少なく、4on4の練習も上級性やFコーチがいないとできないという状況だった。22が少数精鋭になってしまったのは自分のおかげであると勝手に思っています。


それでも、少ないからこそ圧倒的に仲良くなれたし、ボール触る回数も増えるから密度の濃い練習ができて、12月の新人戦では合同チームながら優勝し、スポーツ人生初の全国大会に出場できた。


優勝を決めた時の喜び、楽しさ、感動が自分の中で残り続け、4年生まで何があっても前を向いて、努力を継続する原動力になった。




2年生

GB朝練のときに、あきとさんに「ショーディやろう」的なこと言われて、冗談かと思ったらマジだった。


2年生でAチームの試合に出られるチャンスと思い、挑戦してみたが全く戦力になれなかった。


けど、2年生の時期にAチームの練習に参加して、日本一を目指すチームの雰囲気を感じたり、6.6の反省聞いたりした経験が確実にその後の自分の力になった。


戦力にならない自分をリーグ通してベンチに入れてもらえたことには感謝しかないです。本当にありがとうございました。


ここの一年間で、ジムに通い始めフィジカルを伸ばし始め、さらにショーディでワンワンしまくってたら足が勝手に動くようになり、その後の自分の武器であるフィジカルワンワンの基盤が形成された。


もし、ワンワン強化したいと思っているロングの後輩いたら、練習でショーディワンワン半年ぐらいやってみるのはかなりおすすめです。

弊害としては4年生のときにチェックが単調になり、スカウにも書かれます。

自主練で補いましょう。




3年生

楽しさと悔しさを強く感じたシーズンだった。


同期がスタメンになり活躍する中で、自分も、一個上はロングが多かったけどスタメンで試合に出れるようになりたいという一心で頑張っていた。


大したことじゃないかもしれないけど、つま恋のあとぐらいにAB分けでA’からAになれたことは成長を感じて自分の中でかなりうれしかった。


リーグでもスタメンで出て、試合を通して出ることも増えて、リーグの緊張感だったり、試合感覚を身に着けることができて、目立った活躍はできなかったが、先輩とともに日本一を目指すことができ、練習ものびのびやらせてもらえて本当に楽しかった。


しかし、最後のファイナルで名城に負けた。

スタメンで出たのに、活躍できないどころかクリアミスしたり、パスカットできなかったり、明らかに足を引っ張っていた。

21の先輩に本当に申し訳ないが、正直、試合に出ることで満足していた自分がいて、そういう甘い姿勢が最後の最後で出てしまった。


悔しくて、申し訳なかった。


リーグで全勝して、ファイナルで負ける。

2年連続で同じ負け方で全国をあと一歩で逃した悔しさをばねに、絶対にラストイヤーで全国に行くという覚悟が、このとき22全員の中で固まっていたと思う。




4年生

2年連続全国を逃したチーム。


自分たちは弱いことを自覚して、向き合って、もう一度チームを作り直す必要があった。


幹部として、チームの予定を決める立場だったが、できるだけ多く練習試合を、特に日帰りで遠征が可能で、レベルの高い関西地区との練習試合を用意することで、チームのレベルを上げることを意識した。


振り返ると、全学直前の京大はキャンセルになってしまったが、その他、関西1部のチームすべてと練習試合を組むことができ、初めてやる相手との戦い方や対応、チーム力の向上に確実につながったと思っている。



特に、印象的だったのは3月の関学と神戸との三つ巴。

関学は22の代が新人戦優勝、神戸は前年全学に出ていたチームで、格上相手との試合だった。


結果は、2Qの試合だがどちらも引き分け。

特に、神戸はぎりぎりで混戦グラボとって得点。

あの時は、公式戦ばりに盛り上がった記憶がある。


ここのあたりから最後まで泥臭くボール拾いに行ったりする姿勢と、それが通用するといういい意味の自信がついてきて、チームが目の前の試合に勝ち切るという意識でまとまり、強くなっていったような気がする。


直前で予定変更が多かったり、始発も無い時間にバスのために集合したりと、後輩には迷惑をかけてしまったが、ついてきてくれて感謝しています。



リーグでは、自分たちが入部してから、先輩たちはずっと3年間リーグ全勝だったが、南山に負けてしまった。


結果論にはなるし、あんまりこういう話をするのは好きではないけど、この負けがあったことで、もう一度全員が気持ちを切り替えて、チームの課題と向き合い、危機感を持った練習ができ、その結果3年ぶりの全学に進み、史上初の決勝進出を成し遂げれたと感じている。



準決勝、試合前にスタンドをみて、声援を受けて驚いた。

ホームだと思った。

恥ずかしいからみんなには言ってないけど、試合前に少しうるっときてた。


それはこの試合が最後になるかもとかではなくて、こんなに多くの人から応援されていることの感謝、その人たちからの期待を背負って、全国という舞台で自分がプレーできる喜び、こんな感情を経験できることが心の底から幸せだと感じて、勝手に感動していた。


相手を圧倒する声量と勢いのスタンドからの応援、声を枯らして仕事するベンチのマネトレ、全力でプレーするチームメート、その姿があったから、あの接戦の最後まで全員が勝利を確信して、歴史的勝利を手繰り寄せることができたと思う。


あの瞬間の感情は自分の人生の中で忘れることのできない最高の感情だ。




決勝、目標の学生日本一まであと一歩だったけれど、負けた。


全学生ラクロッサーが憧れる、全学決勝という舞台で、東海地区の仲間、さらには、他地区、ラクロスを初めて見る友人などから本当に多くの応援をもらい、夢のような最高の舞台で試合ができた。


だからこそ、あの舞台で勝って、ラクロス界の歴史を変えたかった。

みんながこれまで書いているようにとてつもなく悔しいし、これまでならその悔しさを糧にもう一度努力して、成長して試合に勝つという形で晴らせたけど、もう引退で、その悔しさを25Lizardsとして晴らすことができない。


なので、この悔しさ、名大ラクロス部史上初の学生日本一という夢は次の後輩たちに託します。


必ず、学生日本一の景色を見せてくれると信じています。






長々と4年間の振り返りを書きましたが、ソウルなので、自分が4年間で軸にしてきた考えや引退した今思うことを書きます。



4年間部活をやっていて、うまくいかないこと、悔しいこと、苦しいことはたくさんあったけどそれが原因で辞めたいなとか考えたことは一度もなかった。


自分の軸として、「楽しむ」というのが一番にあったからかなとおもう。


学生日本一を目指してチームメートと活動すること自体が楽しいし、試合で活躍したら楽しいし、なんなら練習中にグラボ一つ拾ったり、ワンワンでうまいやつ止めたりするだけで楽しいなと、自分は4年間ずっとそう思っていた。


行動指針の中にある、「初心を忘れずにラクロスを心の底から楽しむ」こと、これは自分の中で一番大事だと思っていた。


他の大学スポーツだったらひょっとするとこれまでやってきたからと、なんとなく部活を続ける人もいるかもしれないが、ラクロスは大学生から始める人が圧倒的に多いスポーツだからこそ、その一番初めの動機はきっと日本一目指してみたい、あのかっこいい先輩みたいになりたいという圧倒的にわくわくして、楽しい気持ちで、そうじゃないと大学で部活やるという決断はしないはずだ。


その楽しいっていう初心を常に心の隅においておけば、4年間で苦しいことがあっても前を向いて少しずつ進んでいけるはずです。


学生日本一という目標が最高にわくわくしたり、ラクロス自体が楽しかったり、チームメートと戦術考えてそれがはまった時の一体感だったり、部活をしていたら様々な楽しい瞬間があるはずだ。


楽しい瞬間は、ただ日々を漫然と過ごしている人には訪れないし、感じることができない。

明確な目標があり、そこに向かって努力した経験がある人にだけ、成果という形で訪れるものである。


自分は、その楽しい瞬間のためなら努力や苦労すらも、その楽しい瞬間につながっているのだから楽しいと感じていた。


日々の自主練、筋トレ、朝練はすぐには目に見えるような成果が出ないけど、3か月後か、半年後か、もっと遠くかもしれない自分の成長につながっていると信じていたから継続できたし、継続できる自分をかっこいいと思って、楽しんでいた。


脳筋すぎる考えかもしれないけど、オフだって毎日あったらすることなくなるし、楽しめなくなるけど、ほぼ毎日朝練、土日もだいたい試合とか遠征があるからこそ、たまにあるオフの前日の飲み会が最高に楽しくて、たまにするドライブがきっと普通の大学生のそれよりも何倍も楽しいものになっていて、部活のおかげで充実したオフを過ごせるなら、普段忙しいのもそのスパイスだと思って楽しむぐらいのマインドがあった。


そんな風に、すべての物事の見方を変えて、楽しいに変換する考え。


これが4年間の自分の軸にあった考えです。

リザーズの後輩や、あるいはどこかの誰かに届いてくれると嬉しいです。




そして、引退した今思うことは今回の全学準優勝という結果は、22世代、25Lizardsの力によるものではなく、これまでの歴史の中で名古屋大学男子ラクロス部に関わってきたOBGだったり、これまでともに東海地区で活動してきたライバルたち本当に全員のおかげだなということです。


自分たちが入部した時には、院生によるFコーチの充実した教育体制があり、他大学には同じ熱量を持ったライバルがいて、東海一部リーグで戦い、全学に出場して学生日本一を目指している先輩方の実績がありました。

部の運営体制、マネトレ組織、Aチーム、Bチームのコーチ体制どれひとつとっても簡単にできるものではなく、もし22世代だけで一から4年間で今のリザーズの状況を作れといわれても絶対に無理な話です。


OBG会で24,23は聞いたと思うけれど、リザーズは昔から強かったわけではなく、OBGの方々が、一歩ずつ、着実に歩み続けてきた結果として、今のように学生日本一を目指すことができるリザーズがあります。


自分たちが学生日本一を目指すことができる環境が当たり前にあるというありがたさをしっかりと感じ、これまでリザーズに関わってきたすべての人々にとっての悲願である学生日本一を達成してほしいとOBとして強く思います。


23世代が引っ張る26Lizardsには、22世代の結果は過去のものとして、また一から学生日本一を目指すチームを作ってほしいです。

うるさいOBみたいになって嫌ですが、25Lizardsでやってきた練習、組織ではよくても全国準優勝までしか行けません。

23世代なりの方法で新しいリザーズを一年かけてつくって、来年最高の景色を見せてください。





最後にお世話になった方々への感謝を述べて、ソウルを締めたいと思います。


両親へ

子供のころから、自分がやりたいといったことはすべてやらせてくれて、そのおかげで多くのことを経験することができました。夏のリーグ戦の暑い中での応援や、全国大会での現地の応援、さらには金銭面での支援も本当にありがとうございました。このお礼は自分の今後の成長を通して、返すことができたらと思います。あと二年はまだいろいろお世話になります。


HC そぶさん

仕事や家庭で忙しい中、自分たちのために時間を割いてくださり本当にありがとうございました。

いつかの練習後に言っていた、「二兎、三兎追ってやりたいこと全部やろう」(なんか違ったらごめんなさい)という言葉が自分の考えとあっていて、大好きな言葉です。

今後の人生も何兎も追って、最高の人生にします。

そぶさんの熱い言葉があったから、試合では実力以上に自信をもって臨むことができ、人生の中で貴重な全国準優勝という経験をさせてもらえました。

4年間本当にありがとうございました。


DFコーチ あきとさん

下級生のころから練習後によく声をかけてもらっていて、いつもそれが原動力になって頑張ろうと思えていました。

明学戦後にロッカールームで固い握手を交わしたことがあの時の喜びとともになぜかめちゃくちゃ記憶に残っています。

あきとさんみたいなかっこいい大人になれるように頑張ります。


Fコーチの方々

人数が少ない中、いっしょにメットオンしてもらって、熱心に指導していただきました。山中湖合宿で人いなさすぎて全員グロッキーになっていたのもいい思い出です。

新人戦での優勝の経験があったからこそ、4年間諦めずに22でもう一度あの景色を見るために頑張れました。

ラクロスの楽しさを教えてくださりありがとうございました。


25世代

新人戦で悔しい思いをしたけど、そこから前を向いて頑張り続けている姿、インスタの発信などでいつも見てます。

君たちは全学決勝の舞台を一年生で見た、リザーズ史上初の世代です。

上級生と一緒に練習するようになると当たり前の基準、レベルが高くて萎えることもあると思うけど、すべての経験はあの全学決勝の舞台につながっていると思って、基準を高く持ち続けて、来年試合に出るだけでなく、スタメン取ってやるぐらいの勢いで走り続けてください。


24世代

一年間一緒にやってきたけど、それぞれめちゃくちゃうまくなってます。

みんな、自信をもってやれば必ずうまくいきます。来年26Lizardsが強いかどうかは一個下の君たちが下から突き上げてくれるかにかかっています。

今年、ベンチにいたメンバーは全員スタメンで出るつもりで、スタンドだったメンバーはあの景色を次はフィールドで見るという気持ちで頑張ってほしいです。

来年自分がBコーチの時に24が全員Aチームにいて、なにも教えれないということを期待してます。


23世代

今年は23に戦力面、組織面でもはやどっちが最上級生かわからないぐらい助けられたなと感じています。

22の人数が少なく新チームが始まった時は不安でしたが、だからこそ学年に関係なく、厳しい声掛けなどを上にも下にもガンガン伝えてくれる23の存在は22と相性がよく、本当にいいチームだったなと思っています。

決勝の後、悔しさでたくさん泣いていた君たちの姿を見て、先輩として一緒に日本一になって終われなかったことだけが心残りです。

決勝のレベルを3年生で直接経験し、次こそ学生日本一になってやると燃えているのは全国でリザーズの23世代だけです。

その気合のままラストイヤーを駆け抜けてください。

23世代が作るリザーズをOBとして心の底から応援しています。


22世代

大好きな22と日本一になれなかったことは悔しいけれど、それ以上に準優勝という形で一つ歴史を塗り替えられたことは、まさにスローガンのOriginを体現できた結果でうれしい気持ちです。当時は激推ししてたけどGodzillaにしなくて本当によかった。

みんなへの感謝はここには書ききれないぐらいたくさんあります。

全員集まる沖縄旅行の時にでも伝えさせてください。






走馬灯がリザーズで半分以上埋まりそうな、充実した4年間でした。

ありがとうございました。





#5 遠藤創一

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